日本には必要不可欠な存在!命と暮らしを守る斜面防災設計とは?

自然災害に負けない国に。
斜面防災設計を分かりやすく解説します!

2024年8月26日更新

いよいよ台風が本格的になる時期を迎えました。夏や秋と言えば、"雨"に関する不安要素が多い時期です。
特にここ数年、梅雨や台風の際に伴う集中豪雨で土砂災害が発生する地域も多く見られます。実際に、今季も線状降水帯発生に伴う土砂災害が起こるなど、全国各地で被害が出ています。山が多い日本において、土砂災害を一切発生させないようにするのは困難な事です。しかし、地形・地質状況や想定される災害規模等に整合した対策を行うことで、被害を最小限にすること・防ぐことが可能となります。
そこで今回は、土砂災害を防ぐための手段の一つである"斜面防災設計"について、深堀していきます。

目次



1.土砂災害の種類

土砂災害と呼ばれるものには、主に3つの現象があります。斜面防災設計の内容に入る前に、簡単にご説明します。

■がけ崩れ

急傾斜地の崩壊をさします。急斜面が突然崩れる現象です。
大雨で地盤が緩んだり、地震で地中の土が動くなどの影響で起こります。 日本で発生する土砂災害のうち、7割ががけ崩れとなっています。
前兆現象として、地鳴りや斜面のひび割れ・湧水などが見られます。


■土石流

長時間の雨や集中豪雨によって、渓流(谷川の流れ)に貯まった土砂が一気に下流へ押し流される現象です。時速20km~40kmの速度で流れるため、破壊力が非常に大きく、山津波と例えられることもあります。過去に土石流が発生した場所は危険性が高い傾向で、特に扇状地で発生しやすいので要注意です。
※扇状地は、上流部で土石流が発生し、大量の土砂を低地に運搬・堆積の繰返しでできた地形


■地すべり

斜面の土壌の一部もしくは全部が滑り落ちる現象です。地下水や重力により、比較的ゆっくりと下方に滑り落ちます。雨量の増加や地震が原因で発生します。スピードはゆるやかなものの、広い範囲で発生することが多く、民家や道路などの街中に大きな被害を及ぼす危険性があります。地面に亀裂を発見した場合は要注意です。

2.近年土砂災害が深刻化している理由

先程お伝えしたように、日本全体の地形の特徴として、とにかく"山が多い"ことが挙げられます。特に地方では、山間部の谷に集落があることや、山と共存する家々も多く見られます。
例えば、周辺に建物や道路がない山の中で、がけ崩れが発生してもそれはただの"がけ崩れ"になります。しかし、付近に民家など人々が生活する町の近くにある山の急斜面で、がけ崩れが発生したらどうでしょう?間違いなく、家が破壊されたり、道路が塞がれたりと、人々の暮らしに大きな影響を与えます。そしてそれは土砂"災害"といえます。
このように、山に囲まれている町が多い日本では、このような土砂災害に見舞われる可能性があるのです。そのような元々の環境に、地球温暖化などで地球全体で発生している異常気象により、近年豪雨などが発生する確率が非常に高まっているという外的要因が加わります。必要以上に雨を受けた山々は、土砂災害を引き起こすきっかけを多く生んでしまいます。このようにして、日本各地では土砂災害が深刻化しているのです。

3.土砂災害を防ぐための「斜面防災設計」の役割

自然災害を止めることは困難ですが、被害を最小限にしたり、土砂災害に繋がらないような対策を講じることは可能です。そのために、"斜面防災設計"というものが存在します。
「斜面防災設計」とは、急傾斜地において土砂災害を防止し、斜面の安全性を確保するための対策を計画・設計することを指します。
実際には、現場の地形や地質状況を調査し、最適な対策工法を選定して詳細設計を行います。斜面防災設計は、人々や街を守ってくれる大切な役割を担っているのです。

斜面防災設計の対象となりやすい場所


・民家のそばに急な斜面や山がある場所
・山道など、がけが多い場所

これらの場所は「土砂災害警戒区域」「土砂災害特別警戒区域」や「急傾斜地崩壊危険区域」等に指定されている可能性が高く、関係法令に基づく対策工設置の必要性が高い場所と言えます。
また、対策を施すことで、警戒区域が解除され、特定開発行為が可能となります。つまり、人々の生活圏が広がり、安心した街をつくることにも貢献できるでしょう。
斜面防災設計は、人々と町の安全と可能性を高めるのです。
加えて、対策工の種類によっては、周辺の景観や生態系への影響を軽減できる可能性もあります。
このように、斜面防災設計の対策工は人々の暮らしや街を支えるのです。

4.斜面防災設計の流れ

では、実際にどのようにして対策工を実施しているのでしょうか。 大まかにいうと、工事に到達するまでに「調査」「解析」「設計」という段階があります。1つずつフローを見ていきましょう。

①調査


工事前に、該当する斜面の地形・地盤や湧水、地下水の状態などを詳しく調べる必要があります。そのため、現地で測量やボーリングで調査を行います。斜面や山は複雑な地盤・地形になっていることが多くありますので、特に地盤を調査する際はどの地点でボーリング調査を実施するのかの判断が非常に重要です。加えて、湧水や地下水の影響も考慮しなければなりません。斜面防災設計のはじまりはこの現地調査です。ここでの調査結果が、このあとのフロー、そして対策工を左右します。もし、誤った内容で進めてしまったら、完成しても地域の人々の安全を脅かす状況になってもおかしくありません。 よって、現地での入念な調査が非常に大切になるというフェーズです。

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②解析


無事に調査が終わり、その斜面の特性を得ることができたら、次は解析を行っていきます。 ここからいよいよ斜面防災設計が本格化します。このフェーズでは、実際に土砂崩れや崩壊が起こる"条件"のようなものを、①の調査の結果をもとにモデルを作成して探っていきます。では、どのように条件を見つけていくのでしょうか。そのヒントとなる解析を2つご紹介します。

■斜面安定解析
対象となる斜面が、どの程度安定しているのかを調べます。そのため、まずは対象となる斜面の"安定性"を解析していきます。少し専門的になってしまいますが、解析内容はこのようになります。
✓ 対象斜面の現状の安全性を設定し、斜面を構成する地山のせん断強度(地山が横方向の力に対して抵抗する能力を示す指標)を算定する
✓ 対象斜面の必要となる安全率を確保した場合の対策工が負担する力を算出する
...少し難しいかもしれませんが、つまり「現在の斜面はどの程度安全なのか」「どの程度まで崩れずに頑張れるのか」「斜面の安全性を高めた場合、対策工の負担はどの程度になるのか」および「斜面の崩壊規模や崩壊時に斜面を流下する崩壊エネルギー」等を明らかにするのです。

■落石解析
みなさんご想像の通り、斜面なので落石が起こりやすいですよね。そして、斜面中には浮石なども存在しています。その土砂崩れが起こる際、斜面中の石や岩はものすごいスピードで落下する可能性もあります。そこで、対策工を実施するには斜面から滑り落ちる岩石の運動エネルギー、つまり「落石エネルギー」というものを算出する必要があります。この「落石エネルギー」を求める過程が、「落石解析」になります。

③設計


調査・解析を終えたら、それらの結果をもとにいよいよ設計を行っていきます。 この設計のフェーズが最も内容が濃く、1つ1つお話するとかなり専門的になってしまうので、ここでは分かりやすい言葉で簡単にお伝えしていきます。 ※詳しく知りたい方はお気軽にお問い合わせください!

■予備設計
現地調査や解析で明らかになった地形や地質の特性、斜面の安定性や運動エネルギー、周辺環境、さらには法令の適用状況など様々な面要素を考慮し、3案以上の対策工法を抽出します。その中から、環境面、安全面やコストパフォーマンス等を総合的に検討し、最も適した工法を選定していきます。コスト面、安全面、環境面...様々な面を考慮して最も適切な設計をする必要があり、設計者の技量と経験が試されるフェーズでもあります。状況によっては、フォトモンタージュ等を利用して、対策工設置後の全体的な景観を把握し、周辺景観に与える影響を照査します。

■詳細設計・工事費積算
予備設計で最適な対策工法を選定したら、今度は施工に必要な詳細の設計を行っていきます。詳細設計図、設計計算や施工計画立案を行い、施工にかかる工事費用(工事費積算)も併せて算出します。

これら設計の段階を終え、工事に入り、対策工が完成となります。 設計の全体工期としては、最短でも4ヶ月、長くて12ヶ月程度が一般的です。ただし、場所の規模や特性によって変動があるので、斜面防災設計を行う場合は、できるだけ余裕をもって、スピード感を持って業務にあたることが要求されます。

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土砂災害防止対策工(当社設計);ワイヤーネット補強土工(神奈川県)

5.対策工法の具体例

では、実際にどのような対策工法があるのでしょうか。
斜面と言っても、対象となる場所により、周辺の条件も異なります。そのため、周辺環境により適切な対策工法が分かれます。

①斜面下部に保全対象とされる建物などが存在する場合⇒「待ち受け対策工法」
②斜面の上下部に保全対象とされる建物などが存在する場合⇒「斜面全体を対象とした対策工法」

①の場合、仮に斜面上部が崩壊してしまっても、上部周辺には建物などがないため、斜面上部には特に問題がありません。一方で、崩壊した斜面が落下するとなると、斜面下部にある建物は被害に遭ってしまいます。そのため、斜面上部で崩壊した土砂を斜面下部で受け止められる対策工が望ましいのです。
②の場合、斜面の上部と下部に建物があるため、崩壊自体を避けたいです。つまり、斜面崩壊が一切発生しないようにする必要があります。そのためには、斜面全体を抑えるような施工が必須となります。

これらを踏まえて、それぞれのパターンの代表的な対策工をご紹介します。

【待ち受け対策工法①】


■待受け擁壁工(重力式擁壁工+落石防護柵工)
▽どんな対策工?
斜面下部から離れた位置(斜面下端の平らな場所を利用※1)に擁壁を設置して、斜面上部からの崩れた土砂を受け止める役割を果たします。崩壊時の堆積機能と崩壊の衝撃力に対する構造耐力を確保できるのが特徴です。関係法令などの規定もあり、構造計算が必要です。
※1 擁壁施工に伴う掘削を背面の斜面まで影響させないためです。また、擁壁施工時に斜面掘削を行った際、崩壊事故が多発したため、平らな場所で設置する場合が多い状況です。

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急傾斜地崩壊防止対策工(当社設計);待受け擁壁工(兵庫県)

【待ち受け対策工法②】


■高エネルギー吸収型崩壊土砂防護柵工
▽どんな対策工?
落石や崩壊土砂から人々や建物を守るために開発された工法です。斜面の下端付近に崩壊土砂防護柵工を設置することで、斜面上部からの崩壊土砂を受け止めます。待受け擁壁工同様、崩壊時の堆積機能+崩壊衝撃力に対する構造耐力を確保します。 基本的に、施工に伴う山裾部の掘削が発生せず※2、樹木の伐採も最小限にとどめ、周囲の環境に配慮しています。斜面上での設置には大がかりな基礎は不要ということもあり、近年採用実績が増加傾向にあります。
※2 防護柵施工には基本的にW=5.0m程度の足場と大口径のボーリングマシンなどの施工機械の搬入が必要です

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急傾斜地崩壊防止対策工(当社設計);高エネルギー吸収型崩壊土砂防護柵工(兵庫県)

【斜面全体を対象とした対策工法;一般型】


■吹付枠工+鉄筋挿入工
▽どんな対策工?
斜面の上部・下部それぞれに保全対象施設などの建物が存在し崩壊を許容しないため、現位置で斜面崩壊を止める工法です。細かい展開図の作成が必要となります。金網製の型枠を斜面に設置し、鉄筋(ロックボルト)を挿入し、造成していきます。

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土砂災害防止対策工【レッドゾーン解除】当社設計);吹付枠工+鉄筋挿入工(神戸市)

また、市街地では、斜面全体を対象とした対策工法がよく見られ、待ち受け対策工法はあまり見られません。これは、
人口が増えることにより斜面の多い場所でも開発が進み建物が増える
⇒建物が斜面を挟んで上下に存在する
⇒斜面上・斜面下どちらも被害がないようにする必要がある
⇒斜面全体を対象とした対策工法が採用される
というような背景があると考えられます。

このように、斜面防災は地域の特徴により対策工法が異なります。今後、街中で見かけた場合は、「なぜその対策工法なのか?」を周辺環境から考えてみると面白いかもしれません。

6.まとめ

年々増加傾向にある土砂災害。地球温暖化の影響などもあり、今後も豪雨などが発生する可能性が高いですし、大地震も懸念されます。 日本国内は山や丘陵が多いことから、山々に囲まれた町があったり、斜面のそばで暮らす人も多いです。特に、山々の中で土砂災害が発生してしまうと、他の街に繋がる道路も塞がれて孤立してしまう可能性も考えられます。そんな場所で斜面防災の対策がなされていれば、万が一、土砂が崩れたとしても、"災害"にならず、まちや人を守ってくれる可能性は非常に高くなります。また、景観的にも整うので、そのような意味でも街に役立つでしょう。 そのためには、対策を実施する際は、複雑な山々の地形・地質を考慮しながら、その場所にあった対策工を施すことがとても重要です。正しく適切な対策工を行い、街や人々の暮らしを守っていきましょう。



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フォトモンタージュによる対策工完成予想図

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